中山隧道
中山隧道は、住民が16年の歳月をかけてツルハシで掘った、日本一長い手掘りのトンネルです。 現在も残...
越後山古志「牛の角突き」大会
山古志の「牛の角突き」の歴史は古く、1000年前とも言われています。 足腰が強く、寒さや粗食に...
高龍神社
商売繁盛の神様として、県内からそして全国各地から参拝者が絶えない神社です。太田川の上流で三方を山に囲...
吉乃川 酒ミュージアム『醸蔵(じょうぐら)』
創業1548年、長岡摂田屋の「吉乃川」敷地内にある、「吉乃川 酒ミュージアム『醸蔵(じょうぐら)』」...
(株)越乃雪本舗大和屋
安永7(1778)年より越後長岡の地で長岡藩の御用菓子を製造。日本三大銘菓である「越乃雪」は創業時よ...
旧機那サフラン酒製造本舗「鏝絵蔵」「主屋」「離れ座敷」
明治から昭和にかけて「養命酒」と勢力を二分した薬用酒「サフラン酒」で財を成した長岡の傑物吉澤仁太郎の...
悠久山公園
市民から「お山」の愛称で親しまれている悠久山公園は、この地をこよなく愛した長岡藩3代藩主牧野忠辰(た...
長岡戦災資料館
長岡空襲の惨状を伝えるさまざまな資料を展示し、平和の尊さを次世代に伝える資料館です。 燃え上がる炎...
新潟県立歴史博物館 友の会主催展「第21回マイ・コレクション・ワールド」/「kid’s 考古学新聞コンクール全国巡回展」
新潟県立歴史博物館では、一般のコレクターが収集したコレクションを紹介する展覧会を開催しています。第2...
金峯神社
長岡市の北西、長岡大橋と蔵王橋の中間の信濃川右岸べりにけやきの大木が茂る一帯があり、その森の中にかつ...
星野本店(味噌・醤油・こうじの醸造製造専門店)
豊かな緑に囲まれた古い街並みが続く長岡摂田屋。 時代の趣を今に伝える建物が情緒を誘うここ摂田屋は江...
長岡の自然や歴史にふれ、人気の「江口だんご」でグルメを堪能!
長岡の観光スポットをめぐるコース!予約不要 ※ご乗車前に長岡駅2階「長岡駅観光案内所」で受付されて...
北越戊辰戦争伝承館と大黒古戦場パーク
慶応4年(1868)の北越戊辰戦争で、長岡城奪還をめぐる激しい攻防が繰り広げられた長岡市新組地域。伝...
少彦名神社
かつて沼地だった神田には薬師様がまつられていたが、神仏分離により少彦名神社がおこったといわれる。 ...
江戸時代から続く醸造の町「摂田屋・宮内」を歩こう!
越後長岡の摂田屋地区は昔から醸造文化が栄えた土地で、現在も「味噌」「醤油」「日本酒」の醸造が行われて...
新潟県立近代美術館
長岡市の中心にほど近い、緑豊かな“千秋が原ふるさとの森”に位置する「新潟県立近代美術館」。 それは...
長岡城址 二の丸跡
「苧引形兜城」(おびきがたかぶとじょう)と称された長岡城は天守閣はありませんでしたが、「御三階(おさ...
発酵のまち、長岡 HAKKO trip
【2025年10月12日(日) 宮内・摂田屋地区:発酵に関する飲食・物販・体験など】10:00~15...
平潟神社
長岡市の中心部にある平潟神社は今でも市民の守護神として多くの人たちに敬まわれている。境内には長岡空襲...
金峯神社の流鏑馬
馬を駆せながら的を射る競技を「流鏑馬」と言います。 金峯神社の大祭に流鏑馬が行われるようになったの...
日蓮宗本山村田 法王山 妙法寺
鎌倉時代末期の徳治2年(1307年)に日蓮上人の高弟・日昭上人によって建立され、和島は北越布教の中心...
星六(昔ながらの手作り味噌専門店)
「星六」は明治30年星野本店から分家しました。その際、移築された蔵は現在も醸造と貯蔵に使われています...
宝徳山稲荷大社
天照白菊宝徳大神をまつるこの神社は、文政年間(1820頃)中之岳銀が峰から、この地奥之院長者原に遷営...
悠久山招魂社
軍事総督・河井継之助や大隊長・山本帯刀をはじめ、北越戊辰戦争の戦死者300余名と、西南戦争で殉職した...
八丁沖古戦場パーク
八町沖(八丁沖)は当時、深田などの多い低湿地帯であり、ここからの侵攻は考え難いことでした。ところが継...
雁木と「あぶらげ」のまち栃尾散策
長岡の観光スポットを巡る手軽でおトクなタクシー観光!予約不要、当日OK! ※ご乗車前に長岡駅2階「...
もみじ園
「もみじ園」は明治29年頃神谷の大地主、高橋家の別荘の庭園としてつくられたものです。 約4,000...
菊盛記念美術館 ※現在、休館中です。
新潟県見附市出身の菊盛嘉雄氏が長年にわたって収集した、近代彫刻の祖とも謳われるオーギュスト・ロダンや...
寺泊 養泉寺
文禄3年(1593)年信濃国より寺泊に移住した真宗大谷派の寺です。階段を登った境内には樹齢100年を...
榎峠古戦場パーク
長岡城下から南へ13kmの榎峠は、信濃川沿いにある要所。継之助はすでに小千谷を占領し、この辺境まで布...
西福寺
慶応4年(1868)5月19日、榎峠の攻略が難しいと判断した新政府軍は、大島、槇下から信濃川を渡河し...
昌福寺
戊辰戦争時下、寺院も軍施設として供用される中で、昌福寺は負傷者を手当てする軍病院として利用されました...
日光社
長岡城奪還作戦の第一功労者、鬼頭熊次郎の碑がある。32石取りのこの藩士は、貧しさのため八丁沖で魚を採...
震央メモリアルパーク
中越大震災の震源地、1年後に開催された「本震・震央探索ハイキング」でこの地を特定しました。 震源地...
第19回越後長岡ひなものがたり
長岡の各地に大切に保存されているおひな様が、大手通りをメイン会場として各所に展示されます。 愛らし...
川口きずな館
<span style="color:red;">【閉館及び事務局の移転について】</span> ...
金峯神社の王神祭
信濃川でとれた鮭を神宮が直接手をふれないように鉄箸と包刀とで調理し、鳥居の形にして神前に供える全国で...
和島観光ボランティアガイドとめぐる「良寛たずね道」
良寛は晩年、島崎の木村家に身を寄せ、足掛け6年間を過ごしました。良寛を生涯の師として慕った貞心尼との...
白山媛神社(船絵馬収蔵庫)
江戸時代から明治にかけて、大坂から北海道の港々を結んだ北前船。当時は造船や航海の技術も幼稚で、船主は...
伊東道右衛門の碑
長岡城の落城の日、62歳の長岡藩大砲隊長・伊東道右衛門が壮絶な死を遂げた。この老武士は、「槍刀製作考...